そんな環境とはかけ離れた状況に悩む人もいます。
家族のことが好きになれない、もしくは嫌い、そして家に居場所がなくて落ち着かない。
天涯孤独の身でもないのに孤独感にさいなまれる日々、自分という人間の居場所がない...
そんな悩みを持ってしまったらどうすればいいのでしょうか?
自分の一番の理解者であって欲しかった家族とすれ違ってしまったり、あるいはまったく打ち解けることができずに苦しむ日々。
そんな状況でもがいていても、なかなか改善は難しいことだと思います。
よほどの事情がなければ、家族へ感謝の気持ちはわずかでもあるはず。
ではどうすれば家族のことを好きになれるでしょうか?
近づこうともがいても、適度な距離が見つけられずに余計苦しむことがあります。
これを有名な言葉でヤマアラシのジレンマと言います。
『ヤマアラシのジレンマ』
19世紀ドイツの哲学者アルトゥル・ショーペンハウアー(1788~1860)が生み出した、以下の寓話
ヤマアラシの群れが寒さに震えていた。
彼らは互いを温め合おうと思い、互いに身を近づける。
けれど、彼らの体には無数の棘がある。
近づけば近づくほど、互いを傷つけてしまうことになる。
それでも離れてしまえば寒くてたまらない。
そのままでいれば、やがて凍え死んでしまう。
そこで彼らは試行錯誤を繰り返す。
近づいたり離れたり、を繰り返す。
そして彼らは、ついに発見する。
互いを傷つけずに温め合うことのできる距離を――
この寓話が語るのは、「自己の自立」と「相手との一体感」という二つの欲求によるジレンマに悩む人間の姿です。
この寓話をベースにした心理学用語には「ヤマアラシ症候群」というものがあります。対人関係の経験に乏しいために人との距離のとり方が分からず、相手を傷つけたり、自身が傷ついて、うつ状態に陥ることをそう呼びます。
家族、家庭というのは言ってみれば超密着状態です。そこで傷つけあってしまったり、距離のとりかたが分からなくなるのも仕方のないこと。思春期だけに限った話ではないと思います。
距離のとりかたが難しいのならば、いっそ一度離れてしまうのはどうでしょうか?
現実的に可能ならば一人暮らしを始めたり、まったく違う場所へ行って生活環境を変えるのもいいでしょう。
離れたからこそ気づく気持ちや芽生える感情もあると思います。
家族という存在を再認識できる機会になるかも知れません。
すぐに変化はなくても、近くで傷つけあうよりも良好な関係が築けるならば有りだと思います。
ではそれが難しい人はどうすればいいでしょうか?
毎日感謝の気持ちを表すことは難しくても、たまにならばどうでしょう?
誕生日を大事にしたり、両親へ感謝の気持ちを表すならば父の日や母の日があります。
豪華なプレゼントは無くても、一緒に外食したり、気持ちを込めたプレゼントならもらって嬉しくない人の方が珍しいです。
余裕がない時は難しいかも知れませんが、自分のことを分かってくれないと苦しむ時、ではあなたが相手を理解しようと想像力を働かせてみるのはどうでしょうか?
何故相手には自分が分からないのか?
実は自分も相手を分かっていないのではないか?
あまり考えすぎるとドツボにはまるので、程々にして息抜きもしてください!
あなたのことを理解する人は必ず現れますし、今すぐに解決しないといけない問題なんてそんなにありません。
時間をかけてもいいので、少しづつ、何かを変えてみれば、きっと半年後、1年後、5年後、10年後に素敵な人生が訪れます。
まずは何か一つ、始めてみてはいかがでしょうか?
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